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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)3083号 判決

大阪市北区中津四丁目七番三号

原告

株式会社ダイハン

右代表者代表取締役

植村元昭

吹田市東御旅町四番二六号

被告

株式会社千日総本社

右代表者代表取締役

山品孝從

右訴訟代理人弁護士

中嶋邦明

松田成治

平尾宏紀

右輔佐人弁理士

鎌田文二

東尾正博

鳥居和久

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告は別紙イ号物件目録記載の物品を製造、販売してはならない。

二  被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成六年四月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

一  原告の実用新案権

1  原告は次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有している(争いがない。)。

考案の名称 寿司のねた材

出願日 昭和六三年一月二九日(実願昭六三-一一四九二号)

出願公開日 平成元年八月四日(実開平一-一一六〇九二号)

出願公告日 平成四年七月一七日(実公平四-二九七五〇号)

登録日 平成五年四月二三日

登録番号 第一九六二八〇〇号

実用新案登録請求の範囲

「玉子焼1の上面部に厚焼a、高野豆腐b、しいたけc等の寿司の具2を適当に集積し、該積層せる寿司の具2を内芯にして前記玉子焼1にて被装巻込みし、一体的棒状型状に成形した寿司のねた材。」(添付の実用新案公報〔以下「公報」という。〕参照。)

2  本件考案の構成要件

本件考案の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。

A 玉子焼1の上面部に厚焼a、高野豆腐b、しいたけc等の寿司の具2を適当に集積し、

B 該積層せる寿司の具2を内芯にして前記玉子焼1にて被装巻込みし、

C 一体的棒状型状に成形した

D 寿司のねた材

3  本件考案の作用効果

本件考案は、右の構成を採ることにより次の作用効果を奏する(甲第二号証)。

イ 内芯の寿司の具2……は玉子焼1にて巻き込まれ被装しているがために本件考案の寿司のねた材を芯材として米飯内に巻き込んだ場合水分が外部に洩出し米飯(2欄25行に「半飯」とあるのは「米飯」の誤記と認める。裁判所注記)内に混入する憂れいもなく、かつ丸棒型状であるので調理加工時の作業が非常に容易となる(公報2欄22行~27行)。

ロ 本件考案に係る寿司のねた材を芯材として必要長さに切断し、これを海苔4面に敷載せる米飯5内に巻き込むことによってねた材をバラバラに散乱することもなく、巻寿司を成形することができ、家庭においても何等の技術も要することなくきわめて簡単に巻寿司を求めることができる(公報3欄15行~4欄4行)。

ハ 内容物が玉子焼1にて被巻されているがためにバラ付かず衛生的であり、非常に食べ易くしかも長短切断面が常時、均一の図柄模様を呈し意匠的は勿論のことその取扱いが容易である(公報4欄5行~8行)。

ニ 巻寿司に用いる以外に風変りな副食物として食卓に利用できる(公報4欄10、11行)。

二  被告の行為

被告は、別紙イ号物件目録記載の巻寿司の芯(以下「イ号物件」という。)を製造販売している(争いがない。)。

三  本件考案とイ号物件の対比

イ号物件は、シート状の薄焼卵2の上にアナゴ、エビ、椎茸、高野豆腐等の巻寿司用の具1を並べ、薄焼卵2を外側にして棒状に巻いたものであり、本件考案の構成要件C、Dを具備している(検乙第一号証ないし第三号証)。

四  原告の請求

原告は、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属することを理由に、被告に対し、イ号物件の製造販売の停止、並びに本件実用新案権の侵害により原告の被った損害一〇〇万円の賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年四月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求するものである。

五  争点

1  イ号物件は本件考案の技術的範囲に属するか。

2  被告は、本件実用新案権について先使用による通常実施権を有するか。

3  被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に賠償すべき損害の金額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(イ号物件は本件考案の技術的範囲に属するか)について

1  原告の主張

(一) 巻寿司に関する従来の技術

近時、寿司業界において、巻寿司をより速くかつ大量に生産するため、機械を利用して巻寿司を自動的衛生的に無人で加工製造する技術が各地において急速に開発されつつある。

しかし、これら機械を利用した技術は、巻芯とする厚焼、高野豆腐、椎茸、青菜等の寿司の具がそれぞればらばらの素材で構成されているため、巻込み作業に相当な技術を要し、たとえこれらの寿司の具を一体化して寄せ集め、寿司飯内に巻き込むことができたとしても、これらの素材のほとんどには煮汁等多量の水分が含まれているため、巻込み作業中に該水分がにじみ出るなどして寿司飯になじまず、これが原因で寿司飯がばらばらとなり、美しく完全確実に巻込みができないという重大な欠点があった。

(二) 本件考案の目的と解決しようとする課題

本件考案は、右(一)記載の従来の技術の欠点に鑑みて考案し開発されたものであって、厚焼、高野豆腐、椎茸等の水分の多い寿司の具を、同じく内装すべき玉子焼により一体に巻き込み、右の具から水分が米飯ににじみ出ることを完全確実に阻止し、かつ、加工機器に適応しうるとともに、意匠的にも優雅な寿司のねた材を提供することを主な目的としている。

(三) 本件考案とイ号物件の対比

イ号物件は、アナゴ、エビ、椎茸、高野豆腐等の巻寿司用の具を内芯として玉子焼によって一体的に巻装した点、右玉子焼による巻装によって内芯である寿司の具に含まれている煮汁等の水分が外部に滲出することを防止した点で、本件考案とその構成上軌を一にし、本件考案の構成要件をすべて具備する。

イ号物件は、本件考案の構成要件のすべてを具備するものであるから、内芯の寿司の具2は玉子焼1にて巻き込まれ被装しているがために本件考案の寿司のねた材を芯材として米飯内に巻込んだ場合水分が外部に洩出し米飯内に混入する憂れいがない、という、本件考案と同じ作用効果を奏するのである。

(四) 被告の主張に対する反論

(1) 被告は、本件考案の先行技術として、「すしの雑誌」(乙第一号証の1~7)に紹介された「太巻」を挙げる。しかし、乙第一号証の1~7には、エビ、アナゴ、椎茸、キュウリを錦糸卵(被告の主張するような「薄焼卵」ではない。)で巻いたものを芯にして巻いた「太巻の寿司」が示されているにすぎない。

実用新案権の対象が「物品」の形状、構造又は組合せに係る考案である(実用新案法一条)以上、本件考案の先行技術として対比すべき物品は「寿司のねた材」でなくてはならないから、物品が全く異なる、乙第一号証の1~7に示された「太巻の寿司」を本件考案の先行技術として挙げるのは失当である。

(2) また、仮に、乙第一号証の1~7において、一部本件考案の先行技術が記載されているとしても、内芯の寿司の具2は玉子焼1にて巻き込まれ被装しているがために本件考案の寿司のねた材を芯材として米飯内に巻き込んだ場合水分が外部に洩出し米飯内に混入する憂れいがなく、丸棒型状であるので調理加工時の作業が非常に容易となる、との作用効果を奏する本件考案の技術思想はどこにも認められない。かえって、乙第一号証の1~7の太巻は「錦糸卵による巻寿司」であるので豪華でせいたくな寿司であることが記載されているところ、「錦糸卵」とは薄焼卵を細く切ったもののことをいうのであるから(広辞苑七〇三頁)、かかる錦糸卵による巻寿司では、水分が外部に洩出して米飯をベトベトにすることは明らかである。

(3) 被告は、イ号物件は本件考案の構成要件Aにいう「集積」及び構成要件Bにいう「積層」を欠くものであり、本件考案の技術的範囲に属さない旨主張するが、イ号物件の写真である検乙第二、第三号証によれば、いずれも「複数の寿司の具を適当に集積し積層した」ものであることは明らかである。

被告は、本件考案は、玉子焼の上に寿司の具を集積し、この積み重ねた寿司の具を崩さないように玉子焼で巻き込んで、積み重ねた寿司の具の層を作るという点に特徴があるとし、公報の第2図に玉子焼の中の寿司の具がきれいな層に積層しているものが示されていることをその根拠の一つに挙げるが、右図は本件考案の一つの実施例を示すものに過ぎない。

そして、他の実施例として、「前記寿司の具2としては予じめ板状に成型加工したもの、ミンチ状等のものを用いることも一考である。」(公報3欄11行~13行)と記載されていることからも、たとえイ号物件における寿司の具がばらばらに寄せ集めたものに過ぎないとしても、これが本件考案の構成要件Aにいう「寿司の具を適当に集積し」に該当することは明らかである。

2  被告の主張

(一) 本件考案の先行技術

本件考案が出願された昭和六三年より十数年も前に発行された「すしの雑誌」(乙第一号証の1~7)には、アナゴ、エビ、椎茸といった寿司の具を、薄焼卵で巻いたものを芯にして巻寿司を作ることが記載されている。

本件考案の先行技術に当たる右巻寿司の芯は、アナゴ、エビ、椎茸等の複数の寿司の具をシート状の薄焼卵の上に並べて、薄焼卵を棒状に巻いたものであって、イ号物件と同一の構成を具備している。

したがって、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するとすれば、本件考案の実用新案登録には明らかな無効理由があることになる。

なお、原告は、乙第一号証の1~7に記載された巻寿司の芯では、内芯の寿司の具2は玉子焼1にて巻き込まれ被装しているがために本件考案の寿司のねた材を芯材として米飯内に巻込んだ場合水分が外部に洩出し米飯内に混入する憂れいがなく、丸棒型状であるので調理加工時の作業が非常に容易となる、との本件考案の作用効果を奏さないかのような主張をするが、右の巻寿司の芯がこのような作用効果を奏さないとすれば、これと同一の構成を有するイ号物件も、右作用効果を奏さないことになり、本件考案の技術的範囲に属さないことになる。

(二) 本件考案における「集積」「積層」の意義

乙第一号証の1~7の存在にもかかわらず、本件考案の実用新案登録がなお有効であるとすれば、本件考案は、実用新案登録請求の範囲に記載された構成のうち、玉子焼に複数の具を「集積」するという点と、寿司の具が「積層」されているという点に新規性と進歩性を認められて実用新案登録を受けたものと解さざるを得ない。

すなわち、本件考案は、玉子焼に寿司の具を単に並べて巻き込むというものではなく、玉子焼の上に寿司の具を集積し、この積み重ねた寿司の具を崩さないように玉子焼で巻き込んで、積み重ねた寿司の具の層を作るという点に特徴があるといわざるを得ないものであり、そのため、公報の第2図にも、玉子焼の中の寿司の具がきれいな層に積層しているものが示されているのである。

このように玉子焼の中の寿司の具が崩れずにきれいな層を呈するためには、寿司の具が巻き込む前の状態から層をなすように集積されていなければならないから、本件考案の構成要件Aにいう「集積」と、構成要件Bにいう「積層」とは、互いに密接不可分の関係にある。

(三) 本件考案とイ号物件の対比

イ号物件は、複数の寿司の具を、単に薄焼卵の上に並べて巻き込んだものであり、寿司の具を、薄焼卵によって巻き込んだ後に積層するように薄焼卵の上に集積してもいないし、薄焼卵によって巻き込んだ後に寿司の具が層をなして(すなわち、積層して)もいない。

そうすると、イ号物件は、本件考案の構成要件Aにいう「集積」及び構成要件Bにいう「積層」を欠くものであり、結局これらの構成要件を具備せず、本件考案の技術的範囲に属さないことになる。

二  争点2(被告は本件実用新案権について先使用による通常実施権を有するか)について

1  被告の主張

被告は、遅くとも、本件考案の実用新案登録出願前である昭和六三年一月初め(遅くとも同月一五日)には、イ号物件の製造販売を開始し、これを株式会社ライフストア(現在の商号は「株式会社ライフコーポレーション」。以下「ライフストア」という。)、イズミヤ株式会社等に納入している(乙第二号証〔玉田直樹作成の証明書〕)。

したがって、仮にイ号物件が本件考案の技術的範囲に属するとすれば、被告は、本件実用新案権について、実用新案法二六条、特許法七九条により先使用による通常実施権を有する。

2  原告の主張

以下のとおり、被告が昭和六二年一月初めにイ号物件の製造販売を開始したとの事実は認められない。

(一) 証人玉田直樹(以下「証人玉田」という。)の証言は、〈1〉同人はライフストアの従業員とのことであるが、同社の従業員としての資格ではなく、個人としての資格で証言していること、〈2〉乙第二号証添付の伝票に記載されているイ号物件の仕入日時が昭和六三年一月一五日であり、本件考案の実用新案登録出願の直前であって不自然であること、〈3〉証人玉田がイ号物件を考案して被告に持ち込んだとしており、証人新田義興(以下「証人新田」という。)の証言と矛盾すること、〈4〉乙第二号証添付の伝票に記載されている仕入本数はわずか二〇本であり、ライフストアのような大型店の仕入本数とは考えられないことから、信用することができず、乙第二号証も作為によるものと解さざるを得ない。

(二) 証人新田の証言も、〈1〉ライフストア他多数の店にイ号物件を販売したというにもかかわらず、乙第二号証添付の伝票以外の証拠が提出されていないこと、〈2〉証人新田がイ号物件を考案したとしており、証人玉田の証言と矛盾することから、信用することができない。

(三) 乙第二号証に添付された写真の物品が、昭和六三年当時の製品であると認めることは困難であり、しかも、右物品と同号証添付の伝票との関連性を立証するものは何ら提出されていない。

(四) 仮に、乙第二号証添付の写真の物品とイ号物件とが同じものであるとしても、これらの物件においては、寿司の具を巻装した外部の玉子焼シート面に多数の小孔の存在が認められ(特に別紙イ号物件目録第1図)、そうすると、これらの物件を米飯内に巻装した場合において、寿司の具に含まれる水分が米飯内に洩出してベトベトすることは必至であるから、本件考案の特徴である「ねた材に含まれている水分が米飯内に洩出し該米飯をバラバラにすることを防止する」という所期の目的を達成することが困難であり、本件考案の内容と同一物品と即断することはできない。

(五) 被告がイ号物件は本件考案の実用新案登録出願前に既に存在していたと主張するのであれば、既に本件実用新案権について無効審判の請求をしていてしかるべきである。

(六) 被告は、平成五年六月ころには、イ号物件が本件実用新案権に抵触することを認め、原告と和解契約を締結しようとしていたことがある(甲第七号証)。

三  争点3(被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に賠償すべき損害の金額)について

(原告の主張)

1 被告は、平成四年七月一七日(本件実用新案権の出願公告日)から平成六年三月二九日(本件提訴日)までの二〇か月間に、イ号物件を一ケース(一〇本入り)当たり一五〇〇円(卸売価格)で二万ケース(月に三〇〇〇ヶース以上の売上げがあるが、その三分の一として計算する。)製造販売したから、売上高は合計三〇〇〇万円となる。

2 本件考案の実施料相当額は製品の売上高の三パーセントないし四パーセントであるので、被告のイ号物件の製造販売により原告が被った損害は、右1の売上高の三パーセントである一〇〇万円を下らない。

第四  争点に関する判断

一  争点1(イ号物件は本件考案の技術的範囲に属するか)についてはさておき、まず争点2(被告は本件実用新案権について先使用による通常実施権を有するか)について判断する。

1  証拠(乙第一号証の1~7、第二号証、検乙第一号証ないし第三号証、証人玉田、証人新田)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、昭和四四年に千日製糖株式会社の商号で設立された、生鮮食料品、加工食料品の販売等を業とする会社であり、寿司については、厚焼卵、干瓢、高野豆腐等の巻寿司の具の材料を取引先に納入していた。

(二) 取引先においては、通常の巻寿司のほか、巻寿司の具を薄焼卵で巻いたものを芯にして、更に米飯と海苔で巻き込む寿司を上巻寿司と称して販売することもあったところ、巻寿司を作るのには手間がかかるので、大量に作る必要のある時には大変忙しく、その作業の省力化が求められていた。

被告は、右のような取引先の要望を知り、昭和六二年一二月頃、当日は米飯と海苔で巻き込むだけで上巻寿司ができるように、寿司の具を薄焼卵で巻いたものを、前もって数多く作っておけば大変便利である旨助言をした。

これに対し、取引先から、それならむしろ被告の方で、予め寿司の具を薄焼卵で巻いて丸棒状にしたものを作って納入してほしいとの要望があったため、被告は、これを商品化してイ号物件として製造販売することを決定した。

(三) 昭和六三年一月初め、被告は、イ号物件の製造販売を始め、「太巻芯(特)」と称してライフストア、イズミヤ等の量販店に納入した(現在も、「千日の太巻芯(特上)」と称している。)。

右ライフストアにおいては、同年一月初めに、被告から試験的に数店舗(スーパーマーケット)でイ号物件を仕入れ、同月一五日には、全店で仕入れを始めた。

そのうち、同月一五日に、被告がライフストアの南港センターにイ号物件(太巻芯(特))を納品し、これを南港センターが検品した際の、ライフストア塚本店用の二〇本(単価一二五円)分についての納品書兼仕入伝票が乙第二号証添付の伝票である。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定に関し、原告は種々主張するが、以下のとおりいずれも採用することができない。

(一) 原告は、証人玉田の証言は信用できないとし、その理由として、〈1〉同人はライフストアの従業員としての資格ではなく、個人としての資格で証言していること、〈2〉乙第二号証添付の伝票に記載されているイ号物件の仕入日時が昭和六三年一月一五日であり、本件考案の実用新案登録出願の直前であって不自然であること、〈3〉証人玉田がイ号物件を考案して被告に持ち込んだとしており、証人新田の証言と矛盾すること、〈4〉乙第二号証添付の伝票に記載されている仕入本数はわずか二〇本であり、ライフストアのような大型店の仕入本数とは考えられないことを挙げる。

しかし、証人玉田は、ライフストアの上司の許可も得たうえ、当時の担当者として出廷し証言しているのであるから、純然たる個人として証言しているとは言い難いのみならず、仮に個人としての資格で証言しているとしても、だからといって直ちにその証言には信用性がないといえないことは明らかであるし、乙第二号証添付の伝票に記載されているイ号物件の仕入日時についても、本件考案の実用新案登録出願の直前であるからといって特段不自然とはいえない。

また、証人玉田の証言は、最初にイ号物件の取引を持ち掛けたのはライフストア側であるというにすぎず、証人玉田がイ号物件を考案したするものではないのに対し、証人新田の証言は、被告が、当日は米飯と海苔で巻き込むだけで上巻寿司ができるように、寿司の具を薄焼卵で巻いたものを前もって数多く作っておけば大変便利である旨助言したところ、取引先から、それならむしろ被告の方で、予め寿司の具を薄焼卵で巻いたものを作って納入してほしいとの要望があったことから、被告はこれを商品化してイ号物件として製造販売することを決定した、というものであって、両証言は何ら矛盾するものではない。

乙第二号証添付の伝票に記載されている仕入本数が二〇本であることも、ライフストアと被告との間でイ号物件の取引を開始した直後のことであり、また、ライフストア塚本店一店分の伝票であるから、格別異とするに足りない。

(二) 原告は、証人新田の証言も信用できないとし、その理由として、〈1〉ライフストア他多数の店にイ号物件を販売したというにもかかわらず、乙第二号証添付の伝票以外の証拠が提出されていないこと、〈2〉証人新田がイ号物件を考案したとしており、証人玉田の証言と矛盾することを挙げる。

しかし、イ号物件のように単価の高くない商品(一本一二五円)二〇本の、しかも昭和六三年一月という相当前(訴え提起時点で六年以上前)の時点での取引について、伝票等が残っていないことは止むを得ない面もある。また、証人新田の証言と証人玉田の証言が矛盾するものでないことは前記のとおりである。

(三) 原告は、乙第二号証に添付された写真の物品が、昭和六三年当時の製品であると認めることは困難であり、しかも、右物品と同号証添付の伝票との関連性を立証するものは何ら提出されていないと主張する。乙第二号証に添付された写真は、被告が現在製造販売しているイ号物件の写真(検乙第一、第二号証と同じもの)であって、現在のイ号物件と同一構成の商品が昭和六三年一月当時被告によって製造販売されていたことを示すために乙第二号証に添付されたものであり、当時の商品そのものを撮影したものでないことは乙第二号証自体から明らかであるが、乙第二号証の記載(添付の伝票には品名が「太巻芯(特)」と記載されている。現在も、「千日の太巻芯(特上)」と称している。)並びに証人玉田及び証人新田の各証言により、被告が昭和六三年一月当時製造販売していた商品が現在のイ号物件と同一構成のものであることを優に認めることができるのである。

(四) 原告は、仮に乙第二号証添付の写真の物品とイ号物件とが同じものであるとしても、これらの物件においては、寿司の具を巻装した外部の玉子焼シート面に多数の小孔の存在が認められ(特に別紙イ号物件目録第1図)、そうすると、これらの物件を米飯内に巻装した場合において、寿司の具に含まれる水分が米飯内に洩出してベトベトすることは必至であるから、本件考案の特徴である「ねた材に含まれている水分が米飯内に洩出し該米飯をバラバラにすることを防止する」という所期の目的を達成することが困難であり、本件考案の内容と同一物品と即断することはできないと主張するが、右主張は不可解というほかはない。イ号物件が原告主張の本件考案の所期の目的を達成することが困難であり、本件考案の内容と同一物品といえないのであれば、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属さないことになり、被告がイ号物件を製造販売する行為は原告の本件実用新案権を侵害するものではなく、原告の請求は先使用権の成否を判断するまでもなく理由がないことになるからである。

(五) 原告は、被告がイ号物件は本件考案の実用新案登録出願前に既に存在していたと主張するのであれば、既に本件実用新案権について無効審判の請求をしていてしかるべきであると主張するが、本件のような侵害訴訟に対しては抗弁としての先使用による通常実施権の主張が認められればひとまず被告の目的は達するから、必らずしも併せて本件実用新案権につき無効審判の請求をしなければならないというものではなく、被告の任意の選択に委ねられたところである。

(六) 原告は、被告は平成五年六月ころにはイ号物件が本件実用新案権に抵触することを認め、原告と和解契約を締結しようとしていたことがある(甲第七号証)と主張するが、仮にそのような事実があったとしても、そのことによって先使用による通常実施権の成否が左右されるものではない。

3  前記1認定の事実によれば、仮にイ号物件が本件考案の技術的範囲に属するとすれば、被告は、本件考案の内容を知らないで自らイ号物件を考案し、本件考案の実用新案登録出願の際現に日本国内においてこれを製造販売していたものであるから、実用新案法二六条、特許法七九条により、イ号物件を製造販売するにつき本件考案について先使用による通常実施権を有するものといわなければならない。

二  なお付言するに、前掲乙第一号証の1~7によれば、前記「すしの雑誌」は、株式会社旭屋出版から雑誌「近代食堂」の別冊として昭和四九年七月一五日に発行されたもので(初版は同年一月三〇日発行)、寿司に関する記事を網羅的に掲載したものであること、その中の「新しいすし変ったすし」と題する特集において、大阪市の「治兵衛」の「太巻」が紹介されており、その目次的な部分(乙第一号証の2・3)には、「一〇年前からだしている自慢の太巻。アナゴの白煮、エビ、椎茸、きゅうりを錦糸卵でまいて芯にしている。」との記載とともに、右太巻の写真が掲載され、また、本文的な部分(乙第一号証の4・5)には、「治兵衛は、難波の本店のほか、各地に支店をもつ、すしと和食の店。この太巻は、一〇年前に開発したもので、エビ、アナゴの白煮、椎茸など材料を豊富に使った原価のかかったすしで、サービス品である。治兵衛の関西ずし系の商品の中ではもっとも売れているもので、一日一〇〇人前くらいでる。」との記事とともに、前同様の太巻の写真、その製造過程の写真(シート状の薄焼卵の上に海老、椎茸、胡瓜等の寿司の具を並べて載せた状態の写真、右のように並べた寿司の具を薄焼卵で巻こうとしているところの写真、このように巻いて丸棒状にしたものを芯にして、米飯と海苔で巻き込もうとしているところの写真)及び「治兵衛」の店舗の写真が掲載され、これらの写真に「エビ、アナゴ、椎茸、キュウリを錦糸卵でまいたものを芯にして巻く太巻き。原価のかかったすし」との説明が付されていることが認められる。

これによれば、昭和三九年頃から、薄焼卵の上に寿司の具を並べて載せ、これを薄焼卵で巻いて丸棒状にしたものを芯にして、米飯と海苔で巻き込んだ「太巻」という巻寿司が飲食店において製造販売されていたことが認められる。原告は、右記事にいう「錦糸卵」について、薄焼卵を細く切ったもののことをいうのであるから、かかる錦糸卵による巻寿司では水分が外部に洩出して米飯をベトベトにすることは明らかであると主張するが、なるほど、「錦糸卵」は、通常は「薄い卵焼きを細く切ったもの」(広辞苑・甲第六号証の1~3)を意味するものの、証人玉田、証人新田の証言によれば、寿司関係の業界では、シート状の薄焼卵のことを「平錦糸」あるいは「錦糸卵」と呼んでいることが認められ、現に、右乙第一号証の4・5の写真において、並べた寿司の具を巻こうとしているものは、明らかにシート状の薄焼卵であって、これを細かく切ったものではないにもかかわらず、前記のとおり「エビ、アナゴ、椎茸、キュウリを錦糸卵でまいたものを芯にして巻く太巻き。」との説明が付されているのであるから、右記事にいう「錦糸卵」はシート状の薄焼卵を指すことは明白である。

そうすると、本件考案の構成要件Aにいう「集積」、構成要件Bにいう「積層」の意義をしばらく置くとすれば、右太巻を作る過程で、その芯として寿司の具を薄焼卵で巻いて丸棒状にしたもの、すなわち本件考案にかかる「寿司のねた材」と同じ構成のものを製造することが本件考案の実用新案登録出願前に公然と行われていたというべきである。

もっとも、右寿司の具を薄焼卵で巻いて丸棒状にしたものは、太巻を作る一連の過程で製造されるものであって、これ自体独立の物品として流通していたものではないが、右のように本件考案と同じ構成のものを製造することが公然と行われていた以上、本件考案は、右のような寿司の具を薄焼卵で巻いて丸棒状にしたものを、独立した商品として流通に置くことに想到した、という点に意義を見出すほかはなく、しかも、その際独立した商品として流通に置くのに適するように構成上格別の工夫をし、これを考案の必須の構成要件として付け加えたというのであれば格別、そのような構成は全く付け加えられておらず、右のように太巻を作る一連の過程で常に製造される、寿司の具を薄焼卵で巻いて丸棒状にしたものの構成をそのまま構成要件としているにすぎないから、考案が物品の形状、構造又は組合せを対象とするものであることからすれば、本件考案の実用新案登録には無効原因が存する可能性が高いといわざるをえない。

第五  結論

以上によれば仮にイ号物件が本件考案の技術的範囲に属するとすれば、被告はイ号物件を製造販売するにつき本件考案について先使用による通常実施権を有するものであり、被告によるイ号物件の製造販売は本件実用新案権を侵害するものではないから、右侵害を前提とする原告の請求は、いずれにしても理由がないということになる。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 小澤一郎 裁判官 本吉弘行)

イ号物件目録

一、名称

千日の太巻芯

二、構造の説明

アナゴ、エビ、椎茸、高野豆腐等の巻き寿司用の具1を、シート状の薄焼卵2の上に並べて薄焼卵を外側にして棒状に巻いている。

三、図面の説明

第一図は全体の斜視図、第二図は切断面を示している。

1……寿司用の具

2……薄焼卵

第1図

〈省略〉

第2図

〈省略〉

〈19〉日本国特許庁(JP) 〈11〉実用新案出願公告

〈12〉実用新案公報(Y2) 平4-29750

〈51〉Int.Cl.5 A 23 L 1/48 1/32 識別記号 D 庁内整理番号 8114-4B 8931-4B 〈24〉〈44〉公告 平成4年(1992)7月17日

請求項の数 1

〈54〉考案の名称 寿司のねた材

〈21〉実願昭63-11492 〈65〉公開平1-116092

〈22〉出願昭63(1988)1月29日 〈43〉平1(1989)8月4日

〈72〉考案者 植村元昭 大阪府大阪市大淀区中津4丁目7番3号

〈71〉出願人 株式会社寿し大半 大阪府大阪市北区中津4丁目7番3号

審査官 鈴木恵理子

〈56〉参考文献 実開 昭56-1492(JP、U) 実公 昭61-44635(JP、Y2)

〈57〉実用新案登録請求の範囲

玉子焼1の上面部に厚焼a、高野豆腐b、しいたけc等の寿司の具2を適当に集積し、該積層せる寿司の具2を内芯にして前記玉子焼1にて被装巻込みし、一体的棒状型状に成形した寿司のねた材。

考案の詳細な説明

〔産業上の利用分野〕

本考案は巻寿司に用いられている高野豆腐、干びよう等の所謂ねた材を必要にネタ材のみを一体的に凝結加工し、此れを巻芯として寿司等の調理作業を簡単容易とすると共に衛生的、意匠的きわめて良好とした寿司のネタ材に関する。

〔従来の技術〕

通常、巻寿司にはその芯部に干びよう、高野豆腐、青葉等のねた材が用いられている。而るに此れらのねた材の殆んどが水分を多量に含んでいるがために寿司加工時において夫々のねた材の水分が米飯内に洩出し、該米飯をバラバラにし調理作業に著るしき支障を生ぜしめると共に、水分によるベトツキによつて味覚を損なわしめ、更に長期保存が困難である等の欠点があつた。

〔考案が解決しようとする課題〕

前記欠点を解決するものとして考案者が先に第1図にて示す如く玉子厚焼1の上部に高野豆腐を、その上部に干びよう、しいたけ等のねた材を細分、或はほぐした寿司の具2を積層し、此れを一体的に焼上げ加工した寿司のねた材(実用薪案登録第1689206号)を考案し業界において好評を呈していた。

而るに前記ねた材は玉子焼の上部に細分してほぐした種々の寿司の具を積層して一体的に焼上げ加工を施したものであるから調理中、食事中においてバラツキが生じ、殊に原材料の細分加工によつて巻寿司としての意匠感、風味等を減退する等の欠点があつた。

本考案は此れらの問題を根本的に解決しようとするもので製造工程を大巾に簡略化すると共に非常に食べ易すくし、而も量産に適し意匠的上きわめて良好な寿司のねた材を汎く提供することをその主な目的としている。

〔課題を解決するための手段〕

前記目的を達成するために本考案に係る寿司のねた材は玉子焼の上面部に厚焼a、高野豆腐b、しいたけc等の寿司の具を適当に集積し、該積層せる寿司の具を内芯にして前記玉子焼にて被装巻込みし、一体的棒状型状に成形したことをその特徴としている。

〔作用〕

内芯の寿司の具2……は玉子焼1にて巻込まれ被装しているがために本考案の寿司のねた材を芯材として米飯内に巻込んだ場合水分が外部に洩出し半飯内に混入する憂れいもなく、且つ丸棒型状であるので調理加工時の作業が非常に容易となる。

〔実施例〕

図面中、符号1は薄板状或は適当厚さに焼上げた玉子焼にてその上面部に厚焼a、高野豆腐b、しいたけc等の所定の寿司の具2を適当に集積し、該寿司の具2を内部に巻込むように前記玉子焼1にて手巻き、或は海苔を玉子きんし等と共にを自動的に巻込む機械にて被装してなるものである。

また場合によつては玉子焼1と寿司の具2の間隙部分Aに玉子、米飯3等を充填して巻上げ一体的棒状体に加工成形する。

なお、前記寿司の具2としては予じめ板状に成型加工したもの、ミンチ状等のものを用いることも一考である。

〔考案の効果〕

本考案に係る寿司のねた材は上記の構造を有するものであつて、斯かる寿司のねた材を芯材として必要長さに切断し、此れを海苔4面に敷載せる米飯5内に巻込むことによつてねた材をバラバラに散乱することもなく、巻寿司を成形することができ得、家庭においても何等の技術をも要することなくきわめて簡単に巻寿司を求めることができ得るのである。

特に内容物が玉子焼1にて被巻されているがためにバラ付かず衛生的であり、非常に食べ易すく而も長短切断面が常時、均一の図柄模様を呈し意匠的は勿論のことその取扱いが容易である等の効果を有している。

また巻寿司に用いる以外に風変りな副食物として食卓に利用でき得る等その用途はきわめて汎大である。

図面の簡単な説明

第1図は考案者が先に開発した実用新案登録第1689206号の寿司のねた材、第2図は本考案に係る寿司のねた材の外観図、第3図は断面図、第4図は巻寿司の断面図である。

符号の説明、1……玉子焼、2……寿司の具。

第1図

〈省略〉

第2図

〈省略〉

第3図

〈省略〉

第4図

〈省略〉

実用新案公報

〈省略〉

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